magaminの雑記ブログ

2014年08月

木田元の「現代の哲学」を読みながら近代について考えてみます。

19世紀というは歴史の上を理性が覆っていた時代でしたね。

理性と論理と科学が人間をはるか高みにまで持ち上げるであろう、ということが信じられていました。ヘーゲル哲学なんて人間の歴史を全て包み込む巨大な体系を構築する事を予告する哲学みたいなものです。今から考えるとファンタジーみたいなものです。

第一次世界大戦以降からでしょうか、空虚な理性哲学ではなく人間存在そのものを題材にした哲学が現れてきます。それがニーチェやキルケゴールやハイデガーなどの実存哲学なわけです。私も20年ぐらい前二十歳くらいのときはよく実存哲学と言うのを読みました。「存在と時間」とか「ツァラトストラ」とか。

人間存在そのものの哲学なんていいますが、人間存在というものを突き詰めれば結局「心の仕組み」みたいなことに行き着いてしまうのですよね。どんなにサルトルなんかが「心の仕組み」について偉そうなことを発表したところで、科学的臨床実験で否定されたりするわけです。確かに、言語とは何かとか、サルと人間の違いは何かとか、自分と他人の関係は何かとか、実存哲学には興味深いものもあるのですが、19世紀のあのヘーゲルの歴史と人間理性をを混ぜ込んで意識は神のいるあの天を目指す、みたいなとんでもないワクワクする大風呂敷というものはもうないですね。

日本のあの太平洋戦争も、19世紀理性哲学の最後の花火だったのかもしれないです。

ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ 
哲学者は歴史が変化した後にそれを記述して、そして凡人はその記述を読んで歴史が変化した事を知るのです。

関連記事



これはとても分かりやすい本でした。例えば江戸時代の儒家の分類分けとか参考になります。

誰も江戸時代の儒家なんて興味がないでしょうか。でもここが分からないと、明治国家が分からなくなってくるのです。明治国家が分からないと現代日本が分からない。現代日本が分からないと自分自身が分からなくなります。最後には何がなんだか分からなくなるのです。

そして、何がなんだか分からないまま自慢げに焼き鳥のウンチクを語り出すわけです。

明治国家は西洋文明にあこがれて、その歩みを始めます。明治39年原勝郎は「日本中世史」という本を書きます。これ、かなり有名な本らしいです。この本によって明治日本は日本中世封建制とヨーロッパ中世封建制に共通点を見いだします。憧れのヨーロッパは中世においては日本と同じ封建制だった、ヒャッホーみたいな感じです。中国がだめなところは、2000年以上も前から郡県制だったところ。しかし日本はヨーロッパと同じく中世においては封建制だった。やっぱり日本はヨーロッパにつづいて文明国になるべき国だったんだ。よかった、よかった。

かわいそうな日本。

偉大なヨーロッパ人は私達とと同じように頭に髪の毛が生えているんだと言って喜んでいるのと同じレベルでしょう。イギリスに産業革命が興ったのは、イギリス人が優秀だったのではなく、ヨーロッパがアメリカ大陸を搾取した結果です。ある一定の富の蓄積の結果、産業革命が起こったのです。何故ヨーロッパが東アジアより先にアメリカ大陸を搾取できたかというと、それは近かったからでしょう。アメリカまでの距離が。

頑張ってもどうにもならないこと、というのが歴史の中にはあるのです。太平洋戦争というのは日本にとって古今未曾有の大敗でした。あの大敗がゆえに明治国家は失敗国家だった、明治人のがんばりは無駄だった、伊藤博文は所詮農民だ、あの戦争で死んだ人間はみんな犬死だ。言おうと思えばなんとでもいえるのです。

でもまだ日本はここに存在するわけで、世界の辺境でギリギリの歴史を生きたかつての日本人の話を聞くことは、今の私達を知る手がかりになるのではないでしょうか。


高校生の息子が焼き鳥屋でバイトしていて、焼き鳥についてのウンチクを語るんですよ。息子とは知的シゲキにあふれた会話をしたいと思っていたのに、実際にする話が「焼き鳥」だなんて私的にはイヤなのです。

「おまえなー、うれしそうに焼き鳥の話をしてるけど、そんなことくだらなくないか。君が焼き鳥学校にでも行っているのならいいよ。おまえは高専に行ってるんだから、焼き鳥とか君の人生に関係なくないか? 科学とか文学とかで何か語るべきことはないのか」

これを言ったら、それから息子は目を合わせてくれなくなりました。

私の父親は20年位前に死んでるんですが、仕事一筋で無口な人でした。私はそれが物足りなくて、いろいろ喋ってこの世界について教え導いてくれたらいいのに、なんて思っていました。
この世界について大人は何も教えてくれないのです。
中学生の時かな、私のおじさんに自称詩人という人がいて、そのおじさんに私は
「シュールレアリズムってなに?」
と聞いたことがありました。その自称詩人は
「シュールは越えるという意味。だからシュールレアリズムはレアリズムを超えるという意味だな」
とニヤニヤ笑いながら答えました。
これ、中学生に対する答えになっているでしょうか。彼はシュールレアリズムの何を知っていたのでしょうか。
私はそういうのがイヤなのです。何も語らない事や、何かをいい加減に語ることによって大人のふりをするのがイヤなのです。
だから息子とはリアルなことを議論したいのです。焼き鳥のことなんかじゃなくて。

大人気ないでしょうか。

でもよく考えてみてください。何も語らなかったり、いい加減に語って大人のふりをするほうが楽です。ノーリスクで大人なんですから。私はリスクを冒しています。議論の結果息子に論破される可能性があるわけですから。

息子もそのうち何かを語りかけてくれるようになるでしょうか。



今日は子供とくら寿司に行ってきました。優待消化です。でもくら寿司ぐらいになると、優待がなくても子供が行きたがるのし安いしで、結局一年では優待以上は行く事になります。

子供は本当に回転寿司が好きだし、好きなだけに子供の癖に回転寿司のえり好みすらします。くら寿司というのは、子供を喜ばせるシステムみたいなのが出来上がっています。

くらコーポレーションは、
株価3040円
配当12円
PER24.96倍
PBR2.70倍
100株で2500円、200株で5000円、くらコーポレーションで使える優待券です。

今年に入って株価が倍になっています。
アベノミクスで日本はデフレからインフレに舵を切っていて、低価格を売りにする外食産業はかなり厳しいのではないかと思います。景気がよくなれば、みんなもっといいところに食べに行くようになるのではないかな。
しかし、くら寿司を見ているとそういうわけでもないのですね。

くらコーポレーション、株価3000円ですよ。配当と優待を合わせた利回りがたった1.2%です。一年前株価は半分でしたから総合利回りは2.4%でした。それでも当時株価は高値圏だと思っていたのに。株というのはわからない。
真実と言うものは大人の常識にあるのではなく、子供の笑顔の中にあるのかな。

吉田松陰の講孟箚記から、松蔭は気合の人だと思っていましたが、幽囚録を読んで考えが変わりました。かなりのリアリストです。
そもそも激情の尊王派である松蔭が海外に密航を企てるなんて一貫していないなとは思っていたのです。

私のざっくり翻訳を使います。幽囚録のなかで松蔭は、
「日本が統一的力を発揮した後で、まず北海道を開拓し、沖縄を完全に日本領にし、ロシアの隙に乗じて樺太を奪い、朝鮮を植民地にし、北は満州の地を割き、南は台湾および南方の諸島を領し、じりじりと日本の勢いなるものを世界に示すべきだ。その後に人民を愛し道徳を盛んにし、慎んで国の辺境を守れば、偉大な日本を世界に示す事ができる」
といいます。
この部分どうでしょうか?  松蔭は侵略戦争を推奨していたのかなんていうつまらない事を言わないでください。これはある種の預言ですよ。明治国家のその後の歩みそのままです。大日本帝国は満州までで慎む事ができなかったということになります。

松蔭の幽囚録の後半は、日本古代の天皇がどれだけすばらしかったかみたいな日本書紀の抜粋になります。ここにいたって、松蔭は日中戦争以降の日本の皇国史観そしてその崩壊までイメージできていたかのような幽囚録の構成になっています。

松蔭の時代において、世界は弱肉強食です。インドやインカの歴史を見ればそれは明らかです。松蔭も言っていますが、手をこまねいて座してそのままでいれば国を維持するのは不可能であるというのは歴史の現実であったでしょう。尊皇攘夷の狂人だとか、単なるテロリストだとか松蔭を批判するのは簡単です。しかし、守られた現代から松蔭を批判する事はガキの論理です。この透徹した松蔭の歴史感覚には驚かざるを得ない。

ここ最近暑くて集中力も落ち気味なんで、たまにはこういう軽い本もいいでしょう。
司馬遼太郎の本は面白いのですが、あまり読みすぎると「司馬史観」なるものを身に着けてしまうので注意が必要です。まあでも宮本武蔵なら「司馬史観」も関係ないでしょう。

昨日、子供を連れて上野の国立博物館に行ってきました。台北故宮の神品というのを展示していて、結構込んでいました。メインは宋代以降の書画でした。私の好きな春秋戦国時代の物もあったりして、すごくよかったです。中国専門家ではないから、そのものの価値なんていうのは判らないのですが、2000年前をイメージするきっかけみたいな、そういう感覚が楽しいのです。ほとんど妄想なんでしょうが。

あとびっくりしたのは、王羲之の真筆なるものがあったことです。あの書聖「王羲之」ですよ。私、まじまじと見てきましたが、なにがいいのかどこが書聖なのか全く判りませんでした。やっばり「王羲之」の書だけ引っ張ってきてガラス箱に入れて、ガラス箱の外からその物だけで「王羲之」を判断するなんて厳しいのでしょう。

判らなくても自慢はできます。
「王羲之の書を見た」って。

墨子は中国の春秋戦国時代においてかなりメジャーな存在でした。周の封建制の中にある種の理想を見いだして、大国が小国を侵略することを拒否し、墨子は多数の国が共存する社会を目指していました。

多くの国がそれぞれに自立して対等に付き合う世界、なんていうのは現代においては当たり前のようですが、民族自立なんていうのが提唱されたのは第一次世界大戦後のベルサイユ条約以降です。近代以前の東アジアにおいては隋唐以降の長い間超大国中国を中心とした「冊封体制」でした。ですから今のこの世界と同じ世界を過去に見いだすとすれば、中国の春秋戦国時代が一番的確なのです。

墨子は当時の世界において、保守だったのかな革新だったのかな、なんて考えます。周の封建制を理想としていたのですから保守だったのでしょうか。でも、自己と他者を区別せずともに愛せという兼愛を説いていたので革新的なところもあったのかな。春秋戦国時代の中での墨子の位置はなんだったんだろう、これってよく考えると難しい問題ですよね。

例えば、現代アメリカの共和党というのは保守で自由主義で小さな政府、民主党はリベラルで大きな政府ということでしょう。日本のことを考えると、自民党は保守で大きな政府、民主党はリベラルでさらに大きな政府。アメリカは分かりやすいのですが、日本は何がなんだか分からない。日本では国民の生活に手を突っ込むか突っ込まないかが問題ではなく、どのように突っ込むかが問題になっているわけです。

このような国で暮らしている私が、春秋戦国時代における墨子の立ち位置みたいなものを感じ取るなんていうのはかなりの訓練がいるのではないのかな。

まあ、ぼちぼち頑張っていきます。

この本には驚いた。

この本を読んでもただ丸山真男の論理展開に驚くばかりで、感想とかそんなものはないですね。とくに「歴史意識の古層」という評論は、よくよく考えていかなくてはいけないと思います。この「歴史意識の古層」という評論は1972年発表とあります。私は1970年生まれですが、1970年代とはまあこんなことを言うと何なのですが、日本はまだ発展途上国丸出しの時代ですよ。ですから議論をする上でも、丸山真男を知っているのと知らないのとでは、だいぶ差がついていたのではないのかな。

とにかくもう一回この本を熟読して、この本の中にある8篇の評論それぞれに私なりのダイジェストみたいなものを書いていきたいと思います。

近日「朱子学と陽明学」を読んで、総論をアップします。(2019/1/20)

靖国神社というものはどんな進歩主義者も、どんな左翼も否定しきれない力を持ちます。

この本でも小島毅は靖国神社や皇国史観の歴史をいろいろ語りながら、著者にとって靖国が認められない理由と言うのが、明治維新のときに薩長が幕府側に紳士的ではなかったというものです。

靖国を真剣に語る人は結局最後には歯切れが悪くなるのです。

立花隆は「天皇と東大」のなかで、皇国史観を否定的に書き続けた後に、
太平洋戦争で死んだ人は犬死であると言う人がいるが、そのような事を言う人は日本の恥辱である。
と断言します。

靖国や皇国史観なんていう一見死んだ思想に何らかの生命が宿っているのです。それを突き詰めて考えれば、それは日本というものの、その「日本」という名称にあると思います。「日本」という名称は中国において随や唐という強力な統一王朝が出来る事によって、アジアの東の果ての島国が自分達の統一的な存在を自覚した結果、当時の天皇がが自分の国ににつけた名称です。
ですから天皇を守って死んだ人を祭る靖国神社を否定すれば、「日本」という名称を否定することにつながってくるのです。天皇には親近感のない人も、「日本」という名称には愛着のある人がほとんどではないでしょうか。

子供のころ見た甘く懐かしいもの、花の咲く丘や、夕焼けが包む人の少なくなった学校や、甘いお菓子や、好きだった女の子のいる風景なんかにも何故か全て「日本」というものがしみこんでいるような気がしないでしょうか。

日本はそんなに悪い国ではないです。もう不景気も長くて、日本よりも金持ちの国なんていうのも今ではいっぱいあるでしょう。でも日本のよさはお金の量なんかではない。

靖国は静かにそこにあり続けるのが一番いいのではないでしょうか。


このページのトップヘ