magaminの雑記ブログ

2014年04月

イギリスの産業革命ってご存知ですよね。

最近の学会の常識では、

イギリスは産業革命が起こったから帝国になったのではなくて、
帝国になったから、産業革命が起こった、

のだそうです。

これ、とても重要ですよ。日本は明治維新によって国を世界に開きました。そのあとは苦難の連続です。西洋合理主義が国の発展の原理、ひいてはその先に産業革命の完遂があると信じて、なじみのないであろう西洋なるものを必死で学んで、日清日露を戦い抜き、日中日米戦争で自己崩壊。戦後は追いつき追い越せ。

やっとここまでたどり着いたと思ったら、

イギリスは帝国になったから、産業革命が起こった、
これすなわち、
西洋合理主義と産業革命との必然的なつながりはないということですよ。現代において合理的な考えは必要だと思いますが、それが西洋的であるか東洋的であるかは問題にならないと言う事になります。

私なんか、今までの44年間、そこに資本主義の秘密があるのではないかと考え、、かなりの時間を西洋文学、西洋哲学、ヨーロッパ史、に費やしてきましたが、これってなんなんだろう。


俺の頭の中にはクソが詰まっているんじゃねえのかーーーーーーーー


これは壮大なマインドコントロールではないのでしょうか。まあ、死ぬ前に気がついてよかったですよ。


イギリスの産業革命ってあったじゃないですか。日本というのは、そのイギリスを目指して明治維新を乗り越え、明治の苦しい時代の中で、軍艦をそろえ日清日露を戦い、その後の国内の矛盾の中、大東亜戦争と共に自己崩壊、戦後は追いつき追い越せ、ここ最近でやっと落ち着いてきたと言う状態です。

しかし、最新の学説では、イギリスは産業革命が起こったから帝国を築いたのではなく、帝国を築いたから産業革命が起こったと言うのが常識らしいです。奴隷貿易やカリブ海砂糖プランテーションの搾取により、イギリス本国の生活向上バイアスが高まった結果、18世紀、19世紀の二百年で徐々に東洋との差が開いていったということです。

おそらく西洋は植民地で人間離れした鬼畜行為をしていたんだろう。インカ帝国で何をしたか、カリブ海で何をしたか、アフリカで何をしたか、インドで何をしたか、そんなことを研究しても私の精神衛生上よくないだろうと思うので、あえてそこはスルーしますが。

あのね、西洋が発達した理由というのは、今までいろいろ言われてきました。
遺伝子が優秀だとか。日本人を見てみな。ほとんど猿でしょう。
プロテスタントの精神が発展にふさわしく洗練されている。日本人はプロテスタントになりなさい。
日本人は合理的な思考が苦手です。


おい、ふざけんな。


真実を知ることができたのなら、日本は明治維新のあと、あんなに頑張る必要はなかったんだよな。西洋の優位というのは、南北アメリカのフロンティアの上にあるんだろう。
私は思うのです。例えばインカ帝国にも人間の物語はあったでしょう。夕日を見てきれいだと感じた少女もいたでしょう。ギリギリのところで助け合った友情のきらめきもあったでしょう。全てが崩壊してしまったんだよな。その場所は、銀鉱山になり、砂糖プランテーションになり、イギリス本国ではジェントルマンが、お茶に砂糖を入れて飲んでウマーーーって、

馬鹿か

日本はギリギリ救われましたが、その救われ方が考えさせられるのです。

「ツァラトストラかく語りき」は恐ろしい本です。

ツァラトストラは言うのです、人間とは「超人」なるものにいたるまでの過渡的な状態であると。で、超人とまではいかないのですが、超人に近い人間というのはどういうものかというと、ざっくり言ってしまうと、

「自分で考え、自分で判断し、自分で行動する人間」

ということになります。この基準におおよそ基づいて、ニーチェはこの本の中で、こういう人間は超人に近いとか、こういう人間はダメ人間だとか、延々とやります。現代人は自分で考えたり考えなかったりして日常をやりくりしていますから、ツァラトストラを読むと、

「あれっ? オレってこの部分では超人に近くね?」
「あれっ? オレの周りのヤツってダメ人間じゃね?」

みたいなことになります。ニーチェを読むっていうことは、それなりの知能レベルを自覚しているということですから、余計にニーチェの罠にかかりやすくなるということになります。

私の高校の時の友達でニーチェを読むやつがいて、そいつは高校二年のときに
「magam 周りをよく見てみろ。群畜ばかりだ」
と言うようになって、そのあと病気みたいになって高校を中退してしまいました。今から考えると、ニーチェに釣られたのだと思います。そいつ頭がよくて、高校二年でニーチェを読んで、さらに趣味はスペイン語だというのですから、今から考えると不思議な気持ちすらします。

そいつ今、東大文学部の准教授です。

ツァラトストラかく語りき、是非読んでみてください。ちっぽけである自分を見失わないように。


関連記事


チムニーは「はなの舞」などを展開する、居酒屋チェーン大手です。

PER26.74 倍PBR3.63 倍

株価 2185円
配当は年20円
私は500株優待の方を推奨しますが、優待は、500株で半期15000円、年30000円分の食事券です。

チムニーはここ最近急騰していまして、居酒屋株で優待込みの総合利回りが4パーを切るというのでは、ここから買うというのは厳しいような気がします。

居酒屋株は株価の優勝劣敗がはげしくて、何がなんだか分からないです。ワタミは下げてチムニーはあげてますが、どちらも同じように感じますけど。時間をかけて研究でもすれば、居酒屋間の微妙な違いも分かってくるのでしょうが、なんだかばかばかしくて。

優待貰って、消化してというので満足してます。

先週末、向ヶ丘遊園にある「はなの舞」に、私と子供四人と子供の友達一人、計六人で行ってきました。あいつら優待にはなれたもので、今回の優待は15000円と分かるとそれにあわせて注文するのです。チャーハンは腹にたまってしまうから、チャーハンやめてクジラのユッケがいいとか、なんか勝手に相談してますよ。優待を取るのにどれだけのリスクをとっているのかを本当は感じて欲しいのですが。

子供は幸せです。

ヘーゲルの精神現象学とは、どういう哲学かと言うと、

人間の民族集団は、それぞれにある一定のルールに基づいた精神世界を形成していますが、その精神世界は過去から未来に向かって進歩発展していくものである、と考えます。で、ここからがヘーゲルのすごいところなんですが、その民族集団の精神世界がその終着駅にまで進歩した時には、人間は初めて人間を理解することになります。

もっと分かりやすくいいますと、

人間というのは、同じ時代に生きている同じ集団に属した人間と実感として一番分かり合えて、その時代や集団間の距離が離れるにしたがって、急速に互いに理解不能になっていきます。ところがヘーゲルの人間精神史なるものが完成した時には、自分が歴史のうえでどこにいるのかが分かるようになることによって、過去や未来の人間集団の空気を実感として理解できるようになる、

と言うわけなのです。

ここで問題なのは、人間の精神というものは過去から未来にかけて、本当に何らかの必然性を伴って進歩発展しているのか、ということです。
この問題をスルーしたとして、次の問題は、人間精神史を作るためには、過去に存在した社会をある程度まで再現して、それぞれの社会同志の関係性を詳細に研究しなくてはいけないと言う事です。ちっと考えてみてください。必然性をともなって生成発展する、滅びなかった文明、滅びた文明全てを包括する、人間の精神史。それは驚くほど巨大な論理体系になるでしょう。

職場や学校で、こいつは何を考えてるのかわからないなんていう人もいるでしょう。おじさんやおばさんは、最近の若い人は何を考えているのか分からない、なんて口にしたくなることもあるでしょう。でもその程度のことは、「精神現象学」を読むだけで、たちどころに理解できるようになります。ただ「精神現象学」を読むためのコストが若者を理解するためのコストよりはるかに大きいというのが難点なんですが。


関連記事






「三四郎」 「それから」 につづく夏目漱石三部作の最後を飾るのが「門」です。「門」になるともう、あらすじなんていうものもなく、明治国家批評もなく、ただ主人公の宗助とその妻オヨネとの夫婦のあり方のみの、全編「夫婦小説」というべきものです。

宗助とオヨネは不倫の末結ばれます。明治時代というのは不倫には厳しい社会だったのでしょう。二人は人目を避けてひっそりと暮らします。

本文にこうあります。
「社会の方で彼らを二人ぎりに切り詰めて、その二人に冷ややかな背を向けた結果に他ならなかった。外に向かって成長する余地を見出せなかった二人は、内に向かって深く延び始めたのである。彼らは六年の歳月を挙げて、互いの胸を掘り出した。彼らの命はいつの間にか互いの底にまで食い入った。
二人は世間から見れば依然として二人であった。けれども互いから云えば、道義上切り離す事の出来ない一つの有機体になった」

これは砂の女。安部公房の砂の女だよ。地味な女性と、社会から切り離されて、じみちにひっそりと暮らす。これは究極ののロマンスです。

私も、実際これにあこがれて、24歳くらいの時今の妻と同棲を始めました。それから20年たってひっそりと暮らしているかというと、実は4人も子供が生まれて、毎日うるさくてしょうがないくらいです。

なかなか、宗助とオヨネのようにはいきません。

「それから」は、30歳ニート男の代助が、友人の妻に手を出して親から勘当されるという、筋としてはただそれだけの話です。

このニート男代助が、友人に
「何故働かないのか」
と聞かれたときに、答えた代助のニート理論というのが秀逸です。

代助は、まず「社会が悪い」と言います。ここだけ聞くと、クズかと思いますが、ここからの展開がすごい。

代助の話を聞く前に、多少の予備知識を書いておきます。
「それから」は、明治42年発表です。日露戦争が明治38年終結しています。明治20年ごろから始まる産業革命で、日本は外国の資本を導入することなく、国内の資本でそれを成し遂げようとしますが、日露戦争において外債を調達し、大正3年の第一次世界大戦景気までその返済に苦しみます。
あと、「馬鹿」という言葉についてですが、現在においては、「馬鹿」というのは「頭の回転が遅い」という意味であろうと思いますが、昭和以前において「馬鹿」というは「一つの事を継続してやる事ができない」という意味です。

では、代助のニート理論を聞いてみましょう。


「第一、日本ほど借金をこしらえて、貧乏震いをしていいる国はありゃしない。この借金がきみ、いつになったら返せると思うか。そりゃ外債くらいは返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国をもって任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。だから、あらゆる方面に向かって、奥行きを削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なもんだ。大きさ比べで牛と競争するカエルと同じ事で、もう君、腹が避けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、ろくな仕事はできない。ことごとく切り詰めた教育で、そうして目の回るほどこき使われるから、そろって神経衰弱になっちまう。話をしてみたまえ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、ただ今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。
日本国中どこを見回したって、輝いている断面は一寸四方も無いじゃないか。その間に立って僕一人が、なんと言ったって、何をやったって、仕様が無いさ」

代助は真理を突いていたと思います。ここから29年後に盧溝橋事件が起こり、大日本帝国の最後はあの通りです。世界が滅びるのなら、どの価値観に価値があるのかないのかの判断は非常に難しくなります。

今の時代もニートには厳しい意見を持つ人は多いでしょう。でも私は働いているから偉いというわけではないと思います。働いて、さらに社会に対して善意で働きかけるというのでなくては、論理は一貫しないと思います。働いてお金を貰っておしまいと言うのでは、ニートに対してとやかく言う資格にはならないのではないでしょうか。

「三四郎」は小学校の時に読んだ記憶がありますが、30年以上たって読み返してみて、これは小学生には理解できないと感じました。夏目漱石はここから偉大な作家になっていくであろう、ということがひしひしと伝わってくる作品です。

最初はコミカルな感じで始まります。三四郎は熊本から上京するために東海道線に乗っていて、
隣で熟睡していたオヤジが、ある駅についたらスクッとおきて汽車から降りるのを、三四郎は見て、
「よくあんなに都合よく起きられるものだな」
と感心したり、
食べ終わった弁当箱を汽車の窓から分投げたりとか。

三四郎は汽車の中で中学教師と思しき人物と話すようになります。その中学教師が言うのです、
「日本は哀れだ。日露戦争で勝って一等国になっても、こんな貧相な様子ではダメですね」
三四郎は
「日本もこれからだんだん発展していくでしょう」
と、しごく普通の会話を積み重ねていこうとします。ところがその中学教師の返答は驚くべきものです。ただ一言、

「亡びるね」

え?なんなのこれ。
なんで明治41年に昭和20年大日本帝国が亡びるってわかったの?
夏目漱石はすごい。最初はコミカルな感じで書き始めて、100年後の読者を油断させておいて、「亡びるね」の一言で、魂を鷲掴みです。これ、わざとやってんだろ。

三四郎も参加したある会合で、男が演説を始め、こう言うのです。
「我々は古き日本の圧迫を拒否する青年である。同時に新しき西洋の圧迫も拒否する青年である」

この気持ちはよく分かります。青春は麗しい。しかしこの思想は細く険しい道になるのではないでしょうか。そしてその結論は誰もが知っています。


このページのトップヘ