私は誠実に考える人を信用することにしています。

色川大吉は太平洋戦争終戦の時、20歳。学徒動員で軍隊生活もしています。思想家なら考えたと思うのですよ、何故あんな戦争になったのかということを。
普通の人は、東条が何をしたとか近衛が何をしたとか考えるわけです。しかし、色川大吉は明治の、それも歴史の闇に埋もれかけた自由民権運動から考えるのです。実際に三多摩地域で民衆の中にいた自由民権運動家の足跡を発掘したりしています。

この態度が誠実でなくてなんなのでしょうか。

この色川大吉が昭和史を書いています。一般民衆に視点を据えながら書いているので、現代から見ると内容は左翼的にはなります。どうしていもそうなります。戦争中は庶民はあんなに苦しかった、こんな風に死んだ、沖縄が、広島が、東京が、となるわけです。この「ある昭和史」もほとんどがこの描写です。しかし、さすが色川大吉、ギリギリのところで大衆にも戦争の責任のようなものがあるといいます。
「民衆の負の情念を理解できない歴史は空しい」
といいます。

民衆の負の情念とは何なのか、ということをもっと突き詰めて書いてくれれば、この本ももっと刺激的だったのですが、なかなかそういうわけには行かないのです。

あとは若い者達で考えろということでしょう。
ワクワクしますね。