日本は何であんな戦争をしてしまったのか。大東亜戦争とは何だったのか。天皇制とはなんなのか。戦後左翼のあの言葉の空虚さはなんなのか。現代ねとうよのルサンチマン的言動はなんなのか。

いろいろなことは、戦前の昭和史だけを考えても分からないのです。明治にまで遡らないと。
この「明治の文化」という本は、近代天皇制の本質を明治にまで遡って考えよう、さらに丸山真男や司馬遼太郎を敵に回しての論理を展開しようという非常に刺激的な内容になっています。

話は明治の自由民権運動の研究から始まります。明治15年から18年くらいまでの事になるでしょうか。自由民権運動というと、失敗した民主化運動というただそれだけのイメージだったのですが、色川大吉が掘り出してきた三多摩地区での現実を見ると、それは農村における中下層民を中心とした人間解放運動です。明治維新が結局は下級武士が主導した人間解放運動だった事を考えると、その延長線上にあったのではないでしょうか。

明治15年というと、松方財政といって現代においてはちょっと考えられないデフレ政策が採られた時期です。ものすごい不況で農民は危急存亡のときにたたされます。その中で、三多摩の農民達はある種の一揆を起こすのです。明治政府と勇敢に戦いはしたのですが、結局鎮圧されてそのまま歴史の闇の中に埋もれてしまうのです。

「明治の文化」の前半には、三多摩の農民達がどのような思想で明治政府との戦いを遂行したかが書かれています。
私はこれを読んで「橘孝三郎」を思い出しました。
橘孝三郎をごぞんじでしょうか?
橘孝三郎とは、515事件に参加した民間人です。昭和初期というのは日本の金融危機とアメリカの株価暴落が重なってものすごいデフレ不況だったのです。日本を変革して茨城の農民を救うために、515事件に飛び込んだと自身で言っていました。
226事件に参加した安藤輝三は東北の新兵の窮状を見過ごす事ができず、ぎりぎりになって226に参加する決断をしました。
自由民権運動は歴史の闇に消えましたが、その精神は日本民族の伏流となって昭和維新運動に流れ込んだのではないでしょうか。

515事件や226事件は<日本を太平洋戦争に引きずり込んだきっかけとして否定的な扱いを受けていますが、私はそれは正しい評価ではない、と思います。自由民権運動の日本下層民の自由に対するエネルギーが515や226に流れ込んで、そして太平洋戦争に至ったのだとすれば、太平洋戦争とは日本人が日本人自らを解放するための戦争だったのではないでしょうか。

その証拠に戦後の日本は自由な世界になったでしょう? 過去の日本人の苦闘の上に現在の自由な日本があるのではないでしょうか。

日本人が自らの自由を獲得する過程で、中国や東南アジアに迷惑をかけたとするなら、本当に申し訳なかったと思います。
今の日本が満足すべき自由の枠組みがあるからといって、過去の自由を求めて死んでいった日本人の苦闘を忘れるならば、大東亜戦争において中国や東南アジア諸国にたいして迷惑をかけたという外形的事実しか残らないのは当たり前の事です。戦後左翼の言葉の空虚さというのは、この辺に理由があるのではないでしょうか。