この本は、昭和18年に宮本常一の故郷である山口県大島における明治以降の記憶みたいなものを綴った本です。

私は岡山生まれで、いま川崎に住んでいるのですが、西日本が本当に懐かしい。

この本によると、昭和18年現在、日本農村共同体なるものも、文明の影響を受けてかなり解体されつつあったそうです。島に小学校が出来て子供が学校優先の生活になったり、経済体制が流動化して人の往来が激しくなり、村の伝統というものも維持しにくくなりつつあったのです。しかし大東亜戦争が始まり「非常時」ということになり、まあ日本全体が収縮して防御体制をとったと言うことなのでしょう、昭和18年の時点で、農村共同体なるものがかなり復活していたそうです。

日本的な共同体というものは、ある意味で人生をトータルとして非常に幸せにするものであるとは思います。子供には子供の仕事があり、青年になれば男ならば「若者組み」、女ならば「娘仲間」に所属し村の掟を習い、大人になれば村の一員としての役割をはたし、老いれば村の柱石となる。貧しいけれども死ぬまで仕事をし、必要とされる存在でいられるのです。
現代はどうでしょうか。
団塊の世代はどうするつもりなのか。会社に入ってそこが村社会で、定年まで幸せに働きました。しかし定年というのは運がよくても65なんですよね。村落共同体は死ぬまで個人を必要としてくれましたが、会社共同体は65歳までしか必要としてくれないのです。
朝早くに、スーパーの店先や街中の公園に老人の集会を見かけたりしたことはないでしょうか? あれは即席の共同体みたいなものです。あんなことで魂の空白を癒すことはできないでしょうね。結局、戦後農村共同体を拒否して個人の独立みたいなものを選択したわけですから、孤立した老後を生きるしかないのです。

しかし、一つだけ団塊世代が共同体願望を満たす方法があります。
それは戦争をするということです。
戦争になれば日本社会は収縮し、全ての日本人に日本人としての役割が振り分けられます。団塊世代には団塊世代の。やりがいのある社会に参加することが出来るのです。

もちろんこんな事を許してはダメ。やるべきことをやらなかった人間は、トータルとしてその責任を取るべきなのです。孤独の中で死んだからといって、誰を責めることも出来ないのです。

日本はどうなるんだろう。子供達に希望がありますように。