驚くべき名作というものが日本文学の中に隠されていました。何者なのか、この中江兆民とは。

私はもう44歳です。読書歴というものも長いです。44年という限られた時間しかないわけですから、すべてのものを読むということはできませんが、西洋文学、日本文学、歴史、評論、哲学、漫画、とかなり幅広く読んできました。サリエリではないですが、何がすばらしいか何がつまらないか程度の判断は出来ると思います。
明治評論の質というものはかなり高いです。福沢諭吉の「文明論の概略」のすばらしさには驚きましたが、この中江兆民の「三酔人経綸問答」もすばらしいものがあります。

明治という時代は日本の独立が守れるかどうかというギリギリの時代で、それだけ当時の明治人もギリギリの時間を生きていたという事でしょう。

「三酔人経綸問答」は明治20年発表です。その中身を紹介しましょう。
登場人物は3人です。先生、紳士君、豪傑君、これだけです。
まず紳士君が長々と喋ります。文庫本で50ページ喋ります。
要約すると、
日本は小国であるから、富国強兵のような列強と伍していくなんていう政策はやめて、軍備を放棄し「自由、平等」という旗を高く掲げて道徳国家を目指すべきだ、
というものです。
この意見に対する豪傑君の主張がすごいのです。豪傑君という名前からして紳士君の意見に対して反対の主張をするのかと思いきや、それが微妙に違うのです。豪傑君は言うのです、
今の時代は「当たらし物好き」と「昔なつかしがり」の二種類の人間に分かれている。この二種類の人間集団がいる限り日本が一つにまとまるなんていうことはありえない。紳士君のような「当たらし物好き」人間は日本の本体である。豪傑君、つまり私のような「昔なつかしがり」人間は日本の癌である。日本はこの厳しい世界の中で独立なるものを維持するためには、その武威を世界に示さなくてはならない。戦争に勝てば勝ったでいいだろう。大陸に帝国の足場を築くことが出来る。負けたとしてもかまわないのだ、戦争で日本の癌である「昔なつかしがり」人間を一掃する事ができる。「昔なつかしがり」人間が一掃された時に、紳士君たちが日本を、自由と平等と平和の実験場にすればいい。

これはまったく大日本帝国の運命そのままです。さらに日本の現代は「自由と平等と平和の実験場」ということになりますか。

本当にかわいそうな日本。大陸の東の果ての、さらに海の向こうの島国。
日本に住んでみると、島国だなんて分からないのです。島と言ったって結構広いし。一つの文明圏みたいに考えてしまいがちなのです。しかし中江兆民は日本の辺境性みたいなものをその思想の中心に据えていたのかな。

まだよく分からないのですが。

三酔人経綸問答を読んだら、「カラマーゾフの兄弟」を思い出しました。イワンが紳士君ですね。豪傑君がドミートリー。先生がアリョーシャ。そう考えると、中江兆民はドストエフスキーにかなり肉薄しています。気になる人はカラマーゾフの兄弟と三酔人経綸問答を読み比べてみてください。