近代天皇制というのは明治国家において何故あれほど強力なものになったのでしょうか。江戸時代においては天皇なんていうものは、そんなに存在感のあるものではなかったでしょう。

太平洋戦争末期、大日本帝国がポツダム宣言を受け入れるかどうかのギリギリの時、天皇制が存続できるかどうかで重臣達の間で議論になったことがあります。連合国は言うのです、戦後日本の国体は日本国民自身が自ら選択すべきものであると。大日本帝国の支配者階級にしてみれば、この程度の連合国の言質では天皇制の維持というものに不安があると考える人もいたでしょう。

しかし、昭和天皇は
「日本の国体は日本国民自身が選択するべきだ」
という、ある種アメリカの突き放したような物言いに対して

「それでいいではないか」

と最後の聖断を下したというのです。
この昭和天皇の何らかの確信みたいなものはどこから来るのでしょうか。戦後も天皇制が続いていますから、今は天皇が存在するのは当たり前だみたいな考えに成りがちなんですが、ギリギリの場面では当たり前ではないという考えが忍び込むということは十分ありえます。

例えばですよ、今の北朝鮮が連合国に降伏したとして、北朝鮮の国体は北朝鮮国民自身が選択すべきだといわれて、いまの金ナントかという将軍みたいなものが、

「それでいいではないか」

とはたして言えるでしょうか。

おそらく、明治のある時期において天皇制が民衆の精神の奥深くまで食い込む契機があったと思うのです。明治というものをもっとよく知る必要があります。今までは戦前の昭和をメインに考えていましたが、これからは明治にもウイングを広げていきたいと思います。