丸山真男がかたる福沢諭吉は本当にいい。優しくて誠実な丸山真男の言葉が、福沢諭吉にこびりついた偏見をキレイに拭い去ってくれています。

福沢諭吉の論理には二つの焦点があります。ひとつは、文明というものは漸次進歩してやがては国境すらない世界がやってくる、というもの。もうひとつは、国境すらない世界が現出するまでは日本は独立国として日本らしくあるべきだ、というものです。この二つのテーゼは厳密に言えば相反するものですが、文明はゆっくり進歩する、のこの「ゆっくり」に重点を置く事によって、「文明と日本」すなわち「普遍と個別」を両立させようということなのでしょう。

これはじつに誠実な精神的態度であると思います。目の前にとろいヤツがいて、コイツに数学を教えなくてはいけないとします。いきなり編微分から教えるでしょうか。足し算から教えるでしょう。

ひどいたとえで申し訳ないのですが。

その国の文明度というのは漸次進歩する。文明度にふさわしい社会制度を持っている国は幸せです。日本は明治維新と太平洋戦争の敗戦という二度の革命によって、現時点でまずまずの文明レベルに達しているのではないでしょうか。
中国は香港問題をどうするのでしょうね。また天安門みたいなことになるのでしょうか。いいかげん中国政府は学習しなくてはいけない。弾圧してその場はうまく行っても、やがてまた自由をもとめる声がどこからともなく湧き上がってくるのです。民衆を押さえ込むのではなく、中国政府自らが変化するしか道はない。

福沢諭吉のいう「文明と個別国家の両立」という哲学は、色あせることなく私達の眼前にあるのです。