福沢諭吉の明治維新理論というのは、日本人の知徳が増加した事によって今までの日本社会の枠組みが日本人にとって窮屈になった結果だ、というものです。明治維新を導いた人たちは誰かというと、「知徳ありて銭なきひと」となります。

太平洋戦争の敗戦は、明治維新と同じように戦前の日本社会の枠組みを壊し、日本人を解放する結果となりました。太平洋戦争は明治維新とパラレルになっているのではないでしょうか。太平洋戦争を福沢諭吉的に考えると、大正デモクラシー、議会制の存在、出版の発達により日本人の知徳が増加して、日本人にとって日本社会の枠組みが窮屈になり、そのことによる現状に対する不満が、日本の変革を目的として日本を太平洋戦争に突き落とした、ということになります。そして太平洋戦争を主導した人は「知徳ありて銭なきひと」ということになります。

明治維新において「知徳ありて銭なきひと」というのは下級武士でした。では戦前の昭和において「知徳ありて銭なきひと」とは誰だったのでしょうか。

官僚それも革新官僚といわれる人たち、参謀本部、軍令部の高級将校、新聞社の上層部、このあたりではないでしょうか。このような人たちが、いろいろなやり方で貴族院、財閥、重臣、地主、などを煽り倒して結局自滅の戦争にいたるわけです。

現状に不満で自由を求めているのに、尊皇攘夷のような逆の主張をして現状を打破しようとする。結局それがうまくいくものだから、後から考えて何がなんだか分からなくなる。そういうことではないでしょうか。

新聞が、戦前は戦争を散々煽っておきながら、戦後は一転反戦に転換するのも「予定の行動」とも考えられます。もちろん彼らが意識してそのような行動をとったとは考えにくいですが、うすうすは気がついていた人もいたのではないでしょうか。

気がついていても死ぬまで言えないよね。日本を解放するためとはいえ日本人が300万人も死んだんだから。

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