福沢諭吉「文明論の概略」という本は刺激的な思想に満ち溢れて、なおかつそれが体系をなしているという、日本文芸史上一頭地を抜くものがあるのではないでしょうか。

その刺激的な思想の中から一つを紹介しましょう。

明治維新というのはなんだったのでしょうか。福沢諭吉はこのように言います。
徳川幕府による長い太平によって、日本人は徐々に智恵や道徳という人間本来に備わっている特性を育てる事ができた。しかしいかに智恵や道徳を育てても、きっちりと枠組みの決まった封建時代においては、その智徳をそとに発することが出来にくかった。水戸学や国学は封建の枠をすり抜けてそとに現れた、ある種智徳の実体である。時代が進み、ペリー来航以降になると、日本人の智徳は「尊皇攘夷」というものを先端として、徳川封建制を崩壊させるにいたった。しかしそもそも「尊皇攘夷」なんていうものは、封建制を倒すための一つの口実、便宜的なスローガンみたいなもので、取替え可能。ひとたび維新が実現されれば、攘夷転じて開国となったわけ。

こんな論理、聞いたことあります? 高杉晋作とか大久保利通とかという固有名詞は一切捨象して、日本人の智徳の総量のみを問題としているのです。

ではこの福沢維新理論を昭和初期の日本に当てはめてみましょう。
昭和初期、それまでの出版の自由や議会政治制度により日本人の智徳が増大して、明治的封建制は根底を揺さぶられる。日本人の智徳は「一君万民」をというものを先端として、明治国家を自滅の戦争に押しやった。しかしそもそも「一君万民」なんていうものは、明治国家を倒すための一つの口実であって取替え可能。「一君万民」転じて開国となる。

太平洋戦争の原因というのは専門家においてもまだ定説がないそうです。しかし福沢諭吉の論理を当てはめれば、日本人が自らを変革するためにワザと自国を真珠湾に突き落としたという事になります。

こんな論理、聞いたことあります?

私、何年も戦前の昭和について考えてきましたが、この福沢諭吉理論というのは、かなり魅力的であると考えます。ただ細部はかなり詰める必要があるでしょうが。


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