墨子は中国の春秋戦国時代においてかなりメジャーな存在でした。周の封建制の中にある種の理想を見いだして、大国が小国を侵略することを拒否し、墨子は多数の国が共存する社会を目指していました。

多くの国がそれぞれに自立して対等に付き合う世界、なんていうのは現代においては当たり前のようですが、民族自立なんていうのが提唱されたのは第一次世界大戦後のベルサイユ条約以降です。近代以前の東アジアにおいては隋唐以降の長い間超大国中国を中心とした「冊封体制」でした。ですから今のこの世界と同じ世界を過去に見いだすとすれば、中国の春秋戦国時代が一番的確なのです。

墨子は当時の世界において、保守だったのかな革新だったのかな、なんて考えます。周の封建制を理想としていたのですから保守だったのでしょうか。でも、自己と他者を区別せずともに愛せという兼愛を説いていたので革新的なところもあったのかな。春秋戦国時代の中での墨子の位置はなんだったんだろう、これってよく考えると難しい問題ですよね。

例えば、現代アメリカの共和党というのは保守で自由主義で小さな政府、民主党はリベラルで大きな政府ということでしょう。日本のことを考えると、自民党は保守で大きな政府、民主党はリベラルでさらに大きな政府。アメリカは分かりやすいのですが、日本は何がなんだか分からない。日本では国民の生活に手を突っ込むか突っ込まないかが問題ではなく、どのように突っ込むかが問題になっているわけです。

このような国で暮らしている私が、春秋戦国時代における墨子の立ち位置みたいなものを感じ取るなんていうのはかなりの訓練がいるのではないのかな。

まあ、ぼちぼち頑張っていきます。